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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)8204号 判決

原告 穴山豊民

右訴訟代理人弁護士 村松晃

同 古井明男

被告 日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 藤澤達郎

右訴訟代理人弁護士 溝呂木商太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二七二万円及びこれに対する昭和五六年七月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決及び第一項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年一月三〇日午前七時五〇分頃

(二) 場所 山梨県中巨摩郡昭和町二五四八番地 穴山製材所敷地内

(三) 事故の態様

原告は、訴外渡辺信雄(以下「訴外渡辺」という。)が右敷地内に運転して来た普通貨物自動車(静岡一一な二八七五、以下「本件車両」という。)の荷台に積載されたラワン材丸太八本の荷降ろし作業をするため、フォークリフトを本件車両側面に横付けし、荷台上の丸太を右フォークリフトによって反対側の材木置場に突き落としたところ、右丸太が本件車両の側を通りかかった訴外亡角野順子(当時六歳、以下「亡順子」という。)の頭部、顔面に落下し、同人が頭部顔面頸部開放性粉砕骨折脳全脱出等の傷害を負い、即時同所において死亡する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2  責任原因

(一) 訴外渡辺は、本件車両の運行供用者として、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき損害賠償責任を負う。

なお、本件事故が本件車両の「運行によって」生じたものであることは、後に述べるとおりである。

(二) 本件事故につき、原告及び訴外渡辺の両名には、荷降ろし作業範囲内に第三者を立ち入らせないなど本件車両の周囲の安全を十分確認すべき義務があるのにこれを怠った過失があるから、右両名は共に不法行為責任を負う。

3  原告の訴外渡辺に対する求償債権の取得

(一) 裁判上の和解の成立

亡順子の相続人である訴外角野洋及び角野文子(以下合わせて「訴外角野ら」という。)から原告及び訴外渡辺外一名を相手方として、甲府地方裁判所に対し、前記不法行為に基づく損害賠償請求訴訟が提起され、昭和五五年九月一八日次のとおりの裁判上の和解が成立した。

(1) 原告は訴外角野らに対し、金一七〇〇万円(但し、右金員の内金三四〇万円は訴外渡辺と連帯して)、訴外渡辺は訴外角野らに対し、右金一七〇〇万円の内、金三四〇万円を原告と連帯してそれぞれ支払義務あることを認め、原告は、これを左記のとおり訴外角野洋方に持参または送金して支払う。

① 昭和五五年一一月末日限り金六〇〇万円

② 昭和五五年一一月から毎月末日限り金一〇万円宛

(2) 原告及び訴外渡辺は、訴外角野らに対し、第一項の分割払い条項にかかわらず、できるだけ短期間(七年間位)に支払をするよう誠意をもって努力する。

(3) 原告が第一項に定める分割支払を一回怠った時は、期限の利益を失い、原告は訴外角野らに対し、その時の残額を一時に支払う。

(4) 訴外渡辺は、原告が期限の利益を失った時は、訴外角野らに対し、金三四〇万円を原告と連帯してただちに支払う。

(5) 原告が訴外角野らに対し、第一項の金一七〇〇万円を全額支払った時は、訴外渡辺は原告に対し、金三四〇万円の支払義務あることを認め、これを原告から請求があり次第ただちに支払う。

(6) 訴外角野らは原告及び訴外渡辺に対するその余の請求を放棄する。

(7) 訴訟費用は各自の負担とする。

(二) 原告は、昭和五五年一二月一三日訴外角野らに対し右事件の和解金として金一三六〇万円を支払い、その際訴外角野らは原告に対し、前記金一七〇〇万円の残債務全額を免除する旨の意思表示をした。

(三) 前記(一)の裁判上の和解の成立により、原告と訴外渡辺は訴外角野らに対する真正の連帯債務者となり、かつ、原告と訴外渡辺の本件事故に関する過失割合は八対二とされたものであるから、原告は右支払により、訴外渡辺に対し、金一三六〇万円の二割(右渡辺の過失割合)にあたる金二七二万円の求償債権を取得した。

4  訴外渡辺の被告に対する保険金請求権

(一) 訴外渡辺は、被告との間に昭和五三年一〇月六日本件車両につき、自動車損害賠償責任保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(二) 本件事故は自賠法三条に定める自動車の運行によって生じた事故である。すなわち、

(1) 本件事故発生場所は原告の製材工場、材木工場の敷地内ではあるが、敷地の北側の町道に通ずる出入口部分付近であり、また、敷地の東側は幅員一・八メートルの私道と接し、いずれも道路との境界には何らの障壁がなく、同敷地内には原告の製材工場及び住宅兼事務所が存在し、かつ、本件事故現場は原告の右住宅に通ずる道路部分としても使用され、通り抜けが自由な場所であり、また、付近には人家が多数存在し、原告の関係者等多くの車両、歩行者が往来する地域であって、本件事故被害者も本件荷降ろし作業とは無関係の亡順子(原告の三女の友達)である。

(2) 本件事故は、訴外渡辺が本件車両にラワン材を積載して穴山製材所に到着し、直ちに右渡辺及び原告が荷降ろし作業に着手した直後に発生したものであり、自動車の走行と連続ないしは密接に関連して発生した事故である。

(3) 本件車両は、材木の安定緊縛のための鉄製支柱及び鉄製鎖が装置され、かつ、荷台上には巨大な丸太材の荷降ろし作業に不可欠なフォークリフトのフォーク挿入のための枕木等の装置された木材運搬専用車であるから、本件車両の荷台は自賠法二条の「当該装置」にあたり、かつ、本件事故は、本件車両と機能的に一体性を有するフォークリフトを使用して荷降ろし作業を開始し、その作業中に発生したものであるから、「当該装置をその用い方に従い用いること」即ち「連行」にあたるということができる。

(三) 原告は前記3(二)のとおり訴外角野らに対し金一三六〇万円を支払い、その際右角野らは原告に対し前記金一七〇〇万円の残債務全額を免除したが、連帯債務の弁済の絶対効により、右の支払は、被保険者たる訴外渡辺の支払にあたるものということができるから、自賠法一五条に基づき、本件保険契約による保険金請求権が発生した。

5  訴外渡辺は無資力である。

6  よって、原告は被告に対し、訴外渡辺の被告に対する保険金請求権の債権者代位権に基づき、前記求償金二七二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年七月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)は争い、2(二)の事実は認める。

3  同3(一)の事実は認め、3(二)の事実は知らない。3(三)は争う。原告の訴外渡辺に対する求償債権は請求原因3(一)(5)の和解条項によれば、原告が訴外角野らに対し、金一七〇〇万円を全額支払った時にのみ生じる定めであるところ、原告はその支払をしていないから、原告の訴外渡辺に対する求償債権は発生していない。

4  請求原因4(一)は認め、4(二)は争う。本件事故において本件車両の荷台はフォークリフトの使用による荷降ろし作業の目的物の存在する場所を提供しているにすぎない。したがって本件事故と荷降ろし作業の前後の走行との関連性はないし、仮に、本件車両の荷台が自賠法二条の「当該装置」にあたるとしても、右荷台の操作が事故の原因力となっているわけではないから、本件事故と本件車両の運行との間には因果関係がなく、本件車両の運行によって生じた事故にあたらない。

同4(三)は争う。自賠法一五条の被保険者の保険金請求権は、被保険者の被害者に対する賠償金の支払を停止条件とするところ、訴外渡辺は訴外角野らに対して損害賠償の現実の支払をしていないから保険金請求権は発生せず、原告においてこれを代位行使することはできない。

5  請求原因5の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一1  請求原因1(事故の発生)、同2(二)(原告及び訴外渡辺の不法行為責任)、同3(一)(裁判上の和解の成立)の各事実については当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、右裁判上の和解の成立の後、訴外角野らは、資力のない訴外渡辺に代わり資力のある原告から、昭和五五年一二月一三日、右裁判上の和解により確定をみた損害賠償金である和解金名下の金一七〇〇万円(一時金六〇〇万円及び割賦金一一〇〇万円)のうち、金一三六〇万円につき一括支払を受けたこと、その際、訴外角野らは、原告に対し、右金一七〇〇万円の残債務全部を免除する旨の意思表示をしたことを認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  そこで、原告が訴外渡辺に対して求償債権を取得したか否かについて判断する。

《証拠省略》を総合すると原告及び訴外渡辺と訴外角野らとの前記裁判上の和解の成立とともに、右和解当事者間の合意によって共同不法行為者である原告及び訴外渡辺の本件事故に関する過失割合が八(原告)対二(訴外渡辺)であるとされ、これを前提として、共同不法行為に基づく損害賠償の不真正連帯債務は二割(右渡辺の過失割合)の限度で訴外角野らに対する真正連帯債務とされたことが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、連帯債務における弁済及び免除の絶対効により、原告は訴外渡辺に対し、原告の訴外角野らに対する弁済額金一三六〇万円の二割に相当する金二七二万円の求償債権を取得したものといわなければならない。なお、被告は、前記和解条項中の(5)の定めを理由に、原告は金一七〇〇万円を全額弁済しない限り求償債権を取得しない旨主張するが、原告は、前記弁済及び免除の絶対効により、訴外渡辺の訴外角野らに対する債務をも消滅させているのであるから、右和解条項中の(5)の定めは、原告が前記の過失割合に応じて訴外渡辺に対し求償債権を行使することを妨げるものではない。

二1  請求原因4(一)(本件保険契約の締結)の事実については当事者間に争いがない。

2(一)  請求原因4(二)につき、本件事故が「自動車の運行によって」生じたものであるか否かについて検討する。

《証拠省略》を総合すると以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 訴外渡辺は、本件車両を所有して木材運搬を業としていたところ、昭和五四年一月三〇日午前四時頃、ラワン材を積載した本件車両を運転して富士宮市の自宅を出発し、同日午前七時二〇分頃前記穴山製材所前に到着した。当日は積雪で車輪がスリップしたため、訴外渡辺が本件車両を右製材所敷地内に乗り入れたのが同七時四〇分頃であり、その後直ちに原告と右渡辺は木材荷降ろしの準備を始めた。同七時五〇分頃、原告がフォークリフトを利用して本件車両の荷台に積載された丸太を材木置場に突き落としたところ、本件事故が発生した。右荷降ろし作業は三〇分程度で終了する予定であった(なお、訴外渡辺が作業終了後、本件車両を長時間にわたり右敷地内に駐車させる予定であった等の事情を認めるに足りる証拠はなく、かえって同人が木材運搬業者であったこと、極めて早朝に自宅を出発し、早朝のうちに作業を開始する手順であったことにかんがみると、作業終了後も速やかに帰途につく予定であったものと推認することができ、右推認を妨げるべき資料はない。)。

(2) 本件事故現場は前記穴山製材所の敷地内ではあるが、敷地の北側の町道に通ずる出入口部分であり、また、敷地の東側は幅員一・八メートルの私道と接し、いずれも道路との境界には何ら障壁はなかった。本件車両は事故当時、右出入口から約九メートル内側に停止しており、右出入口には門扉、柵はない。本件事故発生地点は、右出入口と右敷地奥の原告方住居出入口を結ぶ直線上のほぼ中間地点であり、製材所関係者以外の一般人の通行が自由な場所であった。

(3) 本件事故の被害者は、原告方近所の小学生の亡順子であり、原告の子女のもとを訪れる途中であった。

(4) 本件車両は、木材運搬専用車であって、荷台には木材の安定緊縛用の鉄製支柱四本、フォークリフトのフォーク挿入用の枕木等が装置されており、その構造上フォークリフトによる荷降ろし作業が必然的に予定されている車両である。

(二)  ところで、貨物自動車からの荷降ろし中の事故について、それが自動車の運行によって生じたといえるか否かについては、駐停車前後の走行との連続性の有無、駐停車の場所、自動車の構造等を具体的に検討して総合的に判断すべきものと解されるところ、前認定のとおり、本件事故は、製材所敷地内に本件車両が停車して後約一〇分後に発生したもので、作業時間も三〇分前後と予定されており、しかも作業終了後は速やかに帰途につくものと推認されることに照らすと、荷降ろしと駐停車前後の走行との連続性を肯定し得ること、前認定の事故発生場所、被害者及び木材運搬専用車に附属されている装置をその目的に従って利用していた際の事故であること等をあわせ考えると、本件事故は、本件車両の運行によって生じたものということができる(なお、本件は、最高裁判所昭和五六年一一月一三日第二小法廷判決(判例時報一〇二六号八七頁)の事案とは事実関係を異にするものであって、右判決における「運行によって」の判断と抵触するものではない。)。そして、前記のとおり、本件車両はフォークリフトによる荷降ろし作業が予定されている車両であるから、本件車両とは別個の車両であるフォークリフトの操作が介在するからといって、運行と事故発生との因果関係が否定されるものでもない。

(よって、訴外渡辺は自賠法三条に基づき損害賠償責任を負う。)

三  次に、請求原因4(三)について判断する。

自賠法一五条の「自己が支払をした」の「自己の支払」とは、同条が被害者保護のために設けられた規定であることにかんがみると、被保険者たる加害者が現実に被害者に対して直接現金を手交したような「加害者の支払」の典型的な場合をいうのみならず、被害者が現実に損害のてん補を受け、かつ、右てん補の態様が今日の社会的、経済的、法律的観点から総合的に観察評価して、右の「加害者の支払」の典型的な場合と同視できる場合もまたこれに含まれるものと解すべきである。これを本件についてみるに、本件においては、前記認定のとおり、被害者の相続人である訴外角野らは、裁判上の和解の成立によって確定した和解金名下の損害賠償金一七〇〇万円(一時金六〇〇万円及び割賦金一一〇〇万円)につき金一三六〇万円の一括支払をうけたうえ、その余の債務を免除することによって、実質的には既に右金一七〇〇万円の損害全部のてん補を受けた結果となっていること、被保険者である訴外渡辺と原告は、共同不法行為者であるとともに、右の裁判上の和解成立により、和解金額の二割の限度で訴外角野らに対して、真正連帯債務を負っていたものであるから、原告の右の支払は、右の限度において訴外渡辺による支払と同視できる一方、前記認定のとおり、訴外渡辺は右の支払がなされたことによって、原告に対し、右の二割に相当する金二七二万円の求償債務を負担したことが明らかなのであって、これら及び前記認定に係る原告の支払に至る一連の事実及び法律関係は、これを実質的に観察すれば、あたかも資力のない訴外渡辺において、原告から金二七二万円を借り受けてこれを訴外角野らに対し直接交付して支払ったのと異ならず、被害者側である訴外角野らに対する関係においてはもちろん、保険会社に対する関係においても被保険者である訴外渡辺において自ら支払をした場合と同一に評価しても何ら妨げないものということができるのであるから、原告の訴外角野らに対する前記支払は、その二割に相当する金二七二万円の限度において、訴外渡辺による、前記法条中の「自己の支払」にあたるものと認めるのが相当である。

四  《証拠省略》によれば、請求原因5(訴外渡辺の無資力)の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

五  以上の次第で、訴外渡辺の被告に対する保険金請求権につき原告の訴外渡辺に対する前記求償金債権金二七二万円による債権者代位権に基づき、被告に対し、金二七二万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが訴訟手続上明らかな昭和五六年七月二四日から右支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 仙田富士夫 裁判官 芝田俊文 古久保正人)

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